若星Z☆つれづれ日記

若星Z☆=わげすたーづ、と読みます。 みちのく杜の都・仙台を拠点に活動する、 個性派メンバー揃いの歌って踊れるコーラスグループ。【連絡方法】 下記のメールアドレスまでご一報ください。 練習場所等のご連絡をさせていただきます。 演奏等のご用命もこちらへどうぞ。 アドレス wage-starz@hotmail.co.jp

練習風景動画

7月28日火曜日の練習の時の動画を載せました。

途中、音声が消えますが原因不明です。

ICレコーダーの方がいい音がしますが今回は動画にしてみました。雰囲気が動きによって伝わるかもとの考えからです。

次回からは、カッコいい動きを試して取り入れてみたいと思います。

 

youtu.be

 

やす

8月2日の練習報告

8月2日の練習報告がゆうさんよりありましたので掲載します。


今日の練習参加は五人。

練習した曲は、

手と手、未来へ、息吹、

もう一度、にじいろ、

歩いて帰ろう、

笑顔、小さな世界、

まだ見ぬ星を、

ひとつの歌、

Daydream Believer、

夜空のムコウ、

やさしさに包まれたなら

です。


中央市民センターで午後2時からでした。



私は、その日越後の国に旅立って、仕事がなかなかハードだったため、今の報告になりました。


やす

ゴスペラーズのライブヴューイング

8月1日 土曜日

有志で、ゴスペラーズのライブビューイングに参加してきました。

場所は、東北で一番住み心地がいいと最近のランキングで発表された富谷市の109シネマズという映画館でした。

 

富谷のイオン(通称富ジャス)のフードコートに待ち合わせして、7人集まりました。

 

ゴスペラーズマニアを自認しているわげメンバーのみゆきちゃんの呼びかけで実現したのでした。ライブを観るというのは、いいものです、それを再確認できました。

このような企画をしてくれてみゆきちゃんありがとうございました。

 

フードコートに集まった一行は、突発で入った撮影の仕事を片付けてから、めいめいにうどんやら、タコ焼きやら、ハンバーガーやら、クレープを食べました。

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写真提供マイマイ


19時に始まるライブにいざ出陣。

こういう、遊び感覚の企画は久しぶりだったので、とてもワクワクしてました。

 

2018年に苗場で行われたライブの映像でした。3時間があっという間に過ぎました。ゴスペラーズにはますますリスペクトしてしまいました。

 

そこまでのゴスファンではない私にとっては、初めて聴く曲がほとんどではありましたが、十分に楽しめました。

どの程度のファンかというと、今回メンバーの名前と顔が一致しました。

 

今まで消去法で何とか導き出せる程度でしたが、ライブ中に何度か名前を紹介してくれたのでよかったです。

 

ゴスペラッツを中心に聴いてたので、これからはラーズの方にも着目してみたいと思います。

ゴスペラーズのエピソードとして確か、学生時代大隈講堂前で毎日楽器を持って演奏していたということがあったと思います。同世代の私としては、そのころ高田馬場に住んでたので絶対にニアミスしてると思います。

20年以上も、日本のアカペラやゴスペルを牽引して活躍されていることを思うともう尊敬しかないのです。

 

全国34カ所でライブビューイングが行われるスタイルもこれからのライブの在り方のひとつの形かもしれません。

MCも楽しく、何よりもゴスペラーズサウンドを、若星Z☆の仲間と一緒に堪能できました。

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幸せな夏の思い出の1ページとして。

 

やす

だーるまさんが

ころんだ。

 

今日は、夕方の帰宅途中、カーラジオから、「宇宙船サジタリウス」の主題歌や、「北斗の拳」の愛をとりもどせや、ユニコーンの「ぺけぺけ」が流れてきて、懐かしくなった。

北斗の拳を思い出すと、我々はよくぞ世紀末を生き抜いてきたなあと、感慨もひとしおである。

もちろん、モヒカンのごろつきに車で追いかけ回されたり、指一本で人を破裂させる技を持った人に助けられたりという世紀末ではなかったが、ノストラダムスによれば、地球が滅びてもおかしくはないぐらいの論調で語られたあのいわゆる世紀末をこえて20年、とりあえずは乗り越えたと言っていい。

 

よくある質問、みなさんも考えてみてください。

もし、無人島に一曲だけ歌を持って行けるとしたら何を選びますか?

私は、「ひとつの歌」にしておきます。

2位は米米CLUBの「浪漫飛行」でいいかな。

あ、そうだシングルのカセットテープを持っていけることにしよう。

なので、両面合わせて2曲。

 

シングルのカセット1500円ぐらいだったかなあ。それを、本当にテープが伸びるまで聴いて、少しずつ大人になって来た。

その過程の戦友「アイワ社製のシュトラッサー」CDラジカセは、壊れかけのレディオの状態になっている。辛うじてラジオとCDが聴ける。テープは聴けない。異音はなるし誤動作もしまくる。

 

というわけで、ひとつの歌。

7月5日の練習での音源です。泉中央市民センター。↓

youtu.be

 

やす

火曜日練習再開

今日は、コロナウィルスの感染拡大防止のために練習を中断して以来、初めて火曜日の通常練習をした記念すべき日です。

9人の参加。

場所は、青葉区中央市民センターでした。

 

例によって、密を避け、マスク着用の上、練習しました。

 

県内では大雨注意報が発令されましたが、夕方に少し雨も弱まってきました。

音楽室と聞いていたので、3階の音楽室に行ってみると、見たことない人が何かやってたので、一瞬新しいメンバーかと思いました。次の瞬間、それにしてはそこそこ年配の方と見受けられたので、新しい指導者か?とも思いました。

が次の瞬間、状況から見てヨガマットの上でヨガをしてるので、これは若星Z☆ではないようだと思いいたり、ヨガサークルの扉を開けるのをすんでのところで回避することができました。

 

その後、3階をうろついてそれらしい音声が聞こえなかったので2階に行ったらやってました。

 

会議室を十分なディスタンスを確保して、マスクで若干声が籠りがちになる中、それでも、ハモリの本質的な楽しさは失われることはなく、むしろ増してるのではないかと、私には思われました。

 

いろんな制約を乗り越えて、やっとここまで来た、そんな思いもあり、久々に声を出してのびのびと歌うことの楽しさをみんな感じていたようでした。

 

練習曲

アホールニューワールド

アイジャストコールドトゥーセイアイラビュー

歩いて帰ろう

365日の紙飛行機

小さな世界

残酷な天使のテーゼ

万里の河

Rakeメドレー

Lemon

笑顔

でした。

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やす

あの日のシモン

高校では演劇部に所属してたのですが、端役しか回ってこなかったのです。

ですが、一度だけ、主役っぽい役をやらせてもらったことがあって、それは県内の高校の演劇部が一堂に会する花山夏合宿においてでした。

実力があったからではなくて、男子が圧倒的少数だったからです。

ともかくも、その時は覚えたことのないぐらい長いセリフを必死で覚えて、演じたことのない重要な役をやりきったのでした。

そのあとは、無我夢中で演じた割には誰が書いた台本なのかとか調べることもなく過ごしていて、ただそのセリフの断片は覚えていたのでした。

 

その後、20年ぐらい経ってから、その断片的な記憶を手掛かりに、インターネット等で調べたのだと思います。

今ではそれが、ベルトルト・ブレヒト作「コーカサスの白墨の輪」だったということが分かっています。ただ、その当時使っていた翻訳の版がどの出典だったかまでは分かりませんが。

 

ブレヒトの全集などが図書館にあるので興味がある人はどうぞ。約100年前の人で、結構下品な言葉が頻発しますが、それだけにその当時の庶民の生活がリアルに感じられます。

 

私がやってたのは、シモン・ハハヴァという兵士の役で、運命に翻弄されて、恋人のグルシェ・バハナッツェとすれ違ってしまう。ムーミンに出てくるスナフキンっぽいところもあって、地面に座り込んで小刀で木を削り、鳥を彫ったりします。また、ことわざを引用したりして、当時の私の不思議ちゃんキャラともマッチしていたのだと思います。

私は、声を張ると喋っていることを忘れる性質があったので、声を張ってある程度の文章を喋るということ自体にすごく苦労したのを覚えています。そんな私に付きっきりでプロンプト(助け舟)を出してくれた劇団からきた指導者の方には今でも感謝してます。

 

ただこれは、普通に高校生活を送っていたらなかなかできなかった貴重な体験の一つだと思います。テレビのインタビューも受けました。私のところは、変なことを言ったのでカットされましたが。

県内の演劇部員と知り合えてその後、集まって遊んだり、大会に行くのが楽しみになったりしました。

 

ときどき、ステージに立ってセリフを忘れて困っている夢を見ますが、その原因は分かりません。

 

やす

 

 

朝ドラ受けも若星Z☆

これまで何度か、朝ドラの主題歌を歌って、その人気に乗っかろうということで、歌う歌を決めてきたこともありました。

そして、それらは手堅くヒットしてきました。

さすがに、外さない楽曲ばかりなのです。

 

ただし、今後は、そういう歌いたい希望曲はどうしていけばいいのか?

どっかの市販のものを探してくるか、自分達でアレンジするしかないであろう。

 

これまで、希望曲を編曲して貰ってたことがいかに幸せだったことか。

その段階から、楽曲に向き合うという次の段階に、私たちは進まなければならない。今までは与えられるばかりだったが、世界に還元していく番になったんだろうと思うのじゃ。

 

ハモネプをやっている青年たちをみてると、(昔の(笑))青年のうたごえの空気感を思い出す。新しいサウンドがどんどん生まれてくるような。

 

編曲という海原に踏み出したら、防波堤からちゃぷんと落ちて、溺れかけている。何をどうすればいいのか?どこから入ればいいのか?その中でも何かを掴みたい。

 

一音一音に意味を探して、ヒットソングを真似てみる。

 

今取り組んでいるのは、仙台にもゆかりのあるgreeeenの「星影のエール」です。

「昔々からほら

1000年もその前も

ぼくら迷わぬように

星に名前をつけた」

(「星影のエール」より)

 

 

そうだ、市民センター練習もやってるようです。

 

合唱やってみたい人、新メンバーも随時募集してます。

一緒にコロナ後の合唱スタイルを模索してみませんか?

 

やす